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2006.12/14 [Thu]
早い時間に更新です♪
こんにちは
実は、最近寝るのが日付が変わってからで、昨日今日は途中で転寝をしてしまった為、布団で寝たのが3時だったんです。
そしたら朝の早い、眠りの浅い彼が「何時だと思ってるんだっ」と言ってきて…
やばっ、気づいたのか
(私だったら途中で絶対に起きないのになぁ)
「朝はちゃんと起きるよ」と答えると「そうじゃないだろ。体に悪いし…もうPC禁止だ
」と言われてしまったので、今日は早く寝ることにいたします。
(朝はむすめを送っていったので、6時過ぎには起きましたよ
)
そんな訳なのです
デトックスが進んできたおかげで、だんだん勉強に意識が向くようになり、昨日からは直前期に使っていたカードを隙間時間に見返し始めました
もう頭が鈍ってるのを感じます…
でも、繰り返して脳みそを揺り起こしたいと思います。
受験用の六法も出てたしなぁ…
買わなきゃ
法学検定3級行政コースの問題集も気になっています。
このブログも昔話が終わったら、勉強記事や時事ネタなどを、自分の覚書を兼ねて書いていきたいと思ってます。
では、昔話の続きです。
そんな「外では楽しく、家では胃に鉛の入ってるよう」な生活をしていた私は、早く自分の中で答えを出したい!といつも思っていました。
でも、焦っても決められるものではありません。
そのうち答えが必ず出るはずだ、と思いながら毎日過ごしていました。
今思えば、離婚や離婚後より、この時期が自分では一番辛かったです。
早く、自分の中ではっきりさせたかったのです。
クリスマスは、家族での記憶は特にありません。
むすめとは、駅ビルに建っていた大きなツリーを見ながら、スタバのコーヒーを飲んで電車を眺めていたのを覚えています。
(子供って、本当に電車が好きですよね
)
当時、スタバのコーヒーはちょっとした贅沢でした。
(今は…田舎なので近所にお店自体ありません!
)
東京行きの電車を見ると「あぁ…これに乗れば実家に帰れるのになぁ」と思っていました。
お正月は先に向こうの実家に泊まり、その後自分の実家に泊まりました。
あまり覚えてないのですが、「もうどうでもいいや」と思って、あまり気も遣わず、元旦那が遊びに出かけた夜は私もむすめを連れて友達と会ったりしました。
(それまではそんなこと一回もしたことはありませんでしたが)
後で元旦那に「それが嫁のすることか」って文句言われましたけどね。
元旦那は私の実家には泊まりませんでした。
そしてお正月も終わり、また同じ毎日…
元旦那がまた些細な事でイライラし始めました。
自分が気に入らないとすぐ怒鳴ったり、ちょっとでも私が反対意見を言うと胸倉をつかんで脅すのです。
私も「暴力振るうなら振るえば
」と言い返していましたが。
いっその事、その方が早く決断できる、と思いました。
でもこの時むすめは「パパやめて、お母さんをいじめないで!」と言って一時間泣いていました。
なだめても、ずっと泣いていました。。。
もう長年の経験上「危険だ」と感じていました。
そして、私の中で変化が現れました。
それまでは節約の為に洗濯物はみんな一緒に洗っていたのですが、元旦那のと一緒に洗うのが嫌になり、分けて洗うようになりました。
同時に、近くに身内が全く居なかった為、保育園の園長先生に事情を話して、爆発された時の為に、シェルターみたいに駆け込める所を教えてもらおうと思いました。
先生はご存知なかったのですが「それなら警察に駆け込んでも大丈夫だし、うちに来てくれても良いからね。夜中でも良いよ」と言って、自宅の場所と連絡先を教えてくれました。
これが本当に嬉しくて、有難くて…ぼろぼろ大泣きしてしまいました。
「いつも明るかったから気がつかなかったけど、そんな大変な事になっていたのね。言ってくれて良かったわ」と言ってくれました。
先生のお宅に駆け込むことは無くて済みましたが、その紙がお守り代わりになってくれました。
仕事から家に帰るのが嫌で嫌で嫌で、帰りの車の中で「このまま衝突してしまったら楽かなぁ」って思ったこともありましたが、むすめの笑顔が浮かんで…
「いけない、むすめは誰が迎えに行くの
」と、むすめが居てくれた事で正気に戻ることができました。
元旦那は相変わらず帰りが遅く、お金の使い道を報告してくれる訳でもなく、先に寝ている私の事を蹴り飛ばしていました。
一緒に寝るのが嫌で、他の部屋に行くと文句を言われ…人間扱いされてないように感じました。
そしてそのうち「一緒の空気を吸ってるのも嫌」と思い、程なくして「一緒に居られない」となり…
ここで本気で離婚を決意しました。
日常生活と天秤にかけてみましたが、もう「別れる為には仕事も保育園も諦めるしかない」という結論に達しました。
何かを得れば何かを失うのは仕方ないんです。
「強くなりたい、潔くなりたい、いやならなくちゃ
」といつも思っていました。
そして、離婚について調べるようになりました。
当時はネットができる環境ではなかったのが痛かったですが、元旦那に動向を知られないようにしながら…
携帯も、毎晩電源を切って日替わりで場所を変えて、隠して寝るようにしました。
離婚についてやりとりしたメールは、即消去。
万が一、離婚を決意したっていうことが分かってしまっては大変だからです。
それまでロックをかけていなかったので、かえって怪しまれて面倒なことになっては困ると思い、ロックはかけませんでした。
むすめを育てていく以上、有利に離婚を進める必要があると思いました。
(もし親権を渡せと言われれば、徹底的に戦う心構えでした)
池内ひろ美さんの本に書いてあった通り「離婚は戦い」なんだと、だんだん実感し始めていました。
そして「離婚カウンセラー」と名乗る人の所に相談に行くことになるのですが、続きはまた次回…
今日も長くてスミマセン
いつも本当にありがとうございます


実は、最近寝るのが日付が変わってからで、
そしたら朝の早い、眠りの浅い彼が「何時だと思ってるんだっ」と言ってきて…
やばっ、気づいたのか

(私だったら途中で絶対に起きないのになぁ)
「朝はちゃんと起きるよ」と答えると「そうじゃないだろ。体に悪いし…もうPC禁止だ
」と言われてしまったので、今日は早く寝ることにいたします。(朝はむすめを送っていったので、6時過ぎには起きましたよ
)そんな訳なのです

デトックスが進んできたおかげで、だんだん勉強に意識が向くようになり、昨日からは直前期に使っていたカードを隙間時間に見返し始めました

もう頭が鈍ってるのを感じます…

でも、繰り返して脳みそを揺り起こしたいと思います。
受験用の六法も出てたしなぁ…
買わなきゃ

法学検定3級行政コースの問題集も気になっています。
このブログも昔話が終わったら、勉強記事や時事ネタなどを、自分の覚書を兼ねて書いていきたいと思ってます。
では、昔話の続きです。
そんな「外では楽しく、家では胃に鉛の入ってるよう」な生活をしていた私は、早く自分の中で答えを出したい!といつも思っていました。
でも、焦っても決められるものではありません。
そのうち答えが必ず出るはずだ、と思いながら毎日過ごしていました。
今思えば、離婚や離婚後より、この時期が自分では一番辛かったです。
早く、自分の中ではっきりさせたかったのです。
クリスマスは、家族での記憶は特にありません。
むすめとは、駅ビルに建っていた大きなツリーを見ながら、スタバのコーヒーを飲んで電車を眺めていたのを覚えています。
(子供って、本当に電車が好きですよね
)当時、スタバのコーヒーはちょっとした贅沢でした。
(今は…田舎なので近所にお店自体ありません!
)東京行きの電車を見ると「あぁ…これに乗れば実家に帰れるのになぁ」と思っていました。
お正月は先に向こうの実家に泊まり、その後自分の実家に泊まりました。
あまり覚えてないのですが、「もうどうでもいいや」と思って、あまり気も遣わず、元旦那が遊びに出かけた夜は私もむすめを連れて友達と会ったりしました。
(それまではそんなこと一回もしたことはありませんでしたが)
後で元旦那に「それが嫁のすることか」って文句言われましたけどね。
元旦那は私の実家には泊まりませんでした。
そしてお正月も終わり、また同じ毎日…
元旦那がまた些細な事でイライラし始めました。
自分が気に入らないとすぐ怒鳴ったり、ちょっとでも私が反対意見を言うと胸倉をつかんで脅すのです。
私も「暴力振るうなら振るえば
」と言い返していましたが。いっその事、その方が早く決断できる、と思いました。
でもこの時むすめは「パパやめて、お母さんをいじめないで!」と言って一時間泣いていました。
なだめても、ずっと泣いていました。。。
もう長年の経験上「危険だ」と感じていました。
そして、私の中で変化が現れました。
それまでは節約の為に洗濯物はみんな一緒に洗っていたのですが、元旦那のと一緒に洗うのが嫌になり、分けて洗うようになりました。
同時に、近くに身内が全く居なかった為、保育園の園長先生に事情を話して、爆発された時の為に、シェルターみたいに駆け込める所を教えてもらおうと思いました。
先生はご存知なかったのですが「それなら警察に駆け込んでも大丈夫だし、うちに来てくれても良いからね。夜中でも良いよ」と言って、自宅の場所と連絡先を教えてくれました。
これが本当に嬉しくて、有難くて…ぼろぼろ大泣きしてしまいました。
「いつも明るかったから気がつかなかったけど、そんな大変な事になっていたのね。言ってくれて良かったわ」と言ってくれました。
先生のお宅に駆け込むことは無くて済みましたが、その紙がお守り代わりになってくれました。
仕事から家に帰るのが嫌で嫌で嫌で、帰りの車の中で「このまま衝突してしまったら楽かなぁ」って思ったこともありましたが、むすめの笑顔が浮かんで…
「いけない、むすめは誰が迎えに行くの
」と、むすめが居てくれた事で正気に戻ることができました。元旦那は相変わらず帰りが遅く、お金の使い道を報告してくれる訳でもなく、先に寝ている私の事を蹴り飛ばしていました。
一緒に寝るのが嫌で、他の部屋に行くと文句を言われ…人間扱いされてないように感じました。
そしてそのうち「一緒の空気を吸ってるのも嫌」と思い、程なくして「一緒に居られない」となり…
ここで本気で離婚を決意しました。
日常生活と天秤にかけてみましたが、もう「別れる為には仕事も保育園も諦めるしかない」という結論に達しました。
何かを得れば何かを失うのは仕方ないんです。
「強くなりたい、潔くなりたい、いやならなくちゃ
」といつも思っていました。そして、離婚について調べるようになりました。
当時はネットができる環境ではなかったのが痛かったですが、元旦那に動向を知られないようにしながら…
携帯も、毎晩電源を切って日替わりで場所を変えて、隠して寝るようにしました。
離婚についてやりとりしたメールは、即消去。
万が一、離婚を決意したっていうことが分かってしまっては大変だからです。
それまでロックをかけていなかったので、かえって怪しまれて面倒なことになっては困ると思い、ロックはかけませんでした。
むすめを育てていく以上、有利に離婚を進める必要があると思いました。
(もし親権を渡せと言われれば、徹底的に戦う心構えでした)
池内ひろ美さんの本に書いてあった通り「離婚は戦い」なんだと、だんだん実感し始めていました。
そして「離婚カウンセラー」と名乗る人の所に相談に行くことになるのですが、続きはまた次回…
今日も長くてスミマセン

いつも本当にありがとうございます


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そうですね・・・離婚はまさに戦い。
結婚はほんと楽にできるけど、離婚となると旦那が敵にまわるわけですから。(まあ円満離婚の人もいるけど)
読んでて応援したくなりました☆
仕事で頑張る姿も素敵です(=´∇`=)
遅くなりましたが、コメントありがとうございました!
またお邪魔させてもらいますね