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2008.04/22 [Tue]
ふたつめの詩
すいません、またこれも相当長いです。。。
「思い出は空の風景」
お元気ですか? どうしていますか?
私は変わらずだけど 元気にやっています
あなたのことを思い出す時 いつも空の風景が浮かんで来るの
あなたと見たあの空 あの海 キラキラきらめいていたね
冬の日には雪がはらはら舞い落ちてきた
神様からのプレゼント 一緒にはしゃいだね
楽しかった 嬉しかった
あなたとの思い出は いつも空の風景
ずっとそのままで居られると思ってた
すっとそのままで居たかったけど
ごめんね 支えきれなくて
ごめんね 私が辛いとき 話を聞いてくれたのに
ごめんね 私ではあなたのことを 受け止めきれなかった
あなたの苦しみ 悲しみ やるせない想い
どうしてあげることもできなかった
あんなに一緒に居たのに いつしか傷つけあうようになってしまったね
できるならもう1度 一緒にきらめく海を見たい
できるならもう1度 はらはら舞い落ちる雪を見たい
あの頃の無邪気な2人に戻って
もう1度 あの日に戻れるのなら…
読みようによっては恋愛の詩にも読めますかね?
これも私の短大時代の友達のことを書いたものです。
彼女とは18歳で出会って、忙しいながらも学校帰りに渋谷でお店巡りをしたり、ただぷらぷらしたりして、取りとめの無い話をいろいろとしました。
一緒に渋谷に居たときに、ふいに降ってきたひとひらの雪…
嬉しくて一緒にはしゃぎました^^
卒業しても連絡を取り合っていて、離婚する前には一緒の県に住んでいたので遊びに来てくれて、むすめも一緒に海を見ながら話をしたのでした。
その海が本当にキラキラと輝いていて。
「離婚は正解だと思うけど実家に帰っちゃうのは寂しいな。また遠くなっちゃうから…」と言ってくれました。
その時には彼女も心の病を抱えていたのですが、でもまだそんなに苦しんでなかったような記憶があります。
私が実家に帰ってきて離婚が成立して、むすめの保育所が決まるまで、いろいろな話を聞いてもらいました。
本当に有難いなと思いました。
でもそのうち、私が立ち直っていくのに反比例するかのように、だんだんと彼女が落ち込んでいくのが分かりました。
彼女はその時もうご両親のことを相当憎んでしまっていたので、私が出戻りなのに実家に居させてもらっていたのが羨ましくもあり、妬ましくもあったのでしょう。
口を開けば愚痴ばかり、私のやることに対しても文句を付けたり「こうした方がいい、こうするべきだよ」と指図するようなことばかり言ってくるようになってしまいました。
私も当時こうしてネット環境に無かったし、うつ病の彼女にどう対応すればいいのか分からなくなってしまったのです。
薬が処方されているにもかかわらず勝手に飲むのをやめてしまって不調ばかり訴えるし、「飲まなきゃダメなんじゃないの?」って言うと「私の気持ちを分かってくれてない!」って…
「家を出たい」と常に言う彼女に、内心「口ばかりで何も行動を起こさないで…仕事もしないで居させてもらえているんだから、彼女だって両親に愛されてないわけじゃないのに」と思っていました。
(そのようなことを伝えましたが、もちろん聞き入れてはもらえませんでした)
そのうち私がくまちゃんと出会った職場で働くようになり、それまでみたいにマメにメ−ルの返事も返せなくなりました(くまちゃんと話すようになる前のことですが)
そしたら彼女が怒って「何ですぐ返事くれないの?!」って…
そのうち、勤務中に何度も電話がかかってくるようになってしまい(もちろんバイブにしていたし、出れませんでした)ある日気になるので、外に出た時に折り返しました。
そしたら文句のオンパレ−ド!
「ごめん、仕事中だからまたかけるよ」って言って切ったような記憶があるのですが、彼女からすぐ折り返しかかってきたし、出ないでいると文句ばかりのメ−ルが入ってきたのです。
プツン、と自分の中で何かが切れました。
思わず、その場ですぐ着信拒否設定をしてしまいました。
当時既に実家を出ていたので、母にも「新しい住所を教えたりしないで」とも頼みました。
その前から彼女の事では悩んでいたのですが、楽しい思い出も多いし助けてくれた友達だから…と思って、つきあいをやめることが出来ないでいました。
うつ病が進行していくうちに元の彼女とは違ってきてしまっている、って分かってはいたけれど、何かできることはないかな…話を聞いてあげることならできるかな…ってずっと考えていたのです。
でも結論から言うと、私にしてあげられることは何もありませんでした。
もちろん彼女とご両親との問題が解決しない限りどうにもならないことだと今でも思いますが、私は結局逃げたんだから卑怯者だと思うときもあります。
せっかく立ち直れてきて新しい職場も決まったのに、また底なし沼に足を引っ張られるような、そんな感覚を覚えてしまったのです。
だから、初めて自分から付き合いを断ってしまいました。
親友と呼べるほどの友達だったのに。。。
今うつ病のことがこれだけ周知されてきて、やっぱり当時の自分の対応もやむを得なかったのかな、って思う気持ちもあります。
何回か、「年賀状出してみようかな」とか「手紙を書いてみようかな」と思うことがあったのですが、結局怖くて出せませんでした。
(最初、タイトルは「出せない手紙」でした)
彼女が果たして元気でこの世に居てくれているのか、それを確かめるのが怖いのかもしれません。
結局意気地なしなんです。
でも彼女との思い出は、いつも空と繋がっているんです。。。
「思い出は空の風景」
お元気ですか? どうしていますか?
私は変わらずだけど 元気にやっています
あなたのことを思い出す時 いつも空の風景が浮かんで来るの
あなたと見たあの空 あの海 キラキラきらめいていたね
冬の日には雪がはらはら舞い落ちてきた
神様からのプレゼント 一緒にはしゃいだね
楽しかった 嬉しかった
あなたとの思い出は いつも空の風景
ずっとそのままで居られると思ってた
すっとそのままで居たかったけど
ごめんね 支えきれなくて
ごめんね 私が辛いとき 話を聞いてくれたのに
ごめんね 私ではあなたのことを 受け止めきれなかった
あなたの苦しみ 悲しみ やるせない想い
どうしてあげることもできなかった
あんなに一緒に居たのに いつしか傷つけあうようになってしまったね
できるならもう1度 一緒にきらめく海を見たい
できるならもう1度 はらはら舞い落ちる雪を見たい
あの頃の無邪気な2人に戻って
もう1度 あの日に戻れるのなら…
読みようによっては恋愛の詩にも読めますかね?
これも私の短大時代の友達のことを書いたものです。
彼女とは18歳で出会って、忙しいながらも学校帰りに渋谷でお店巡りをしたり、ただぷらぷらしたりして、取りとめの無い話をいろいろとしました。
一緒に渋谷に居たときに、ふいに降ってきたひとひらの雪…
嬉しくて一緒にはしゃぎました^^
卒業しても連絡を取り合っていて、離婚する前には一緒の県に住んでいたので遊びに来てくれて、むすめも一緒に海を見ながら話をしたのでした。
その海が本当にキラキラと輝いていて。
「離婚は正解だと思うけど実家に帰っちゃうのは寂しいな。また遠くなっちゃうから…」と言ってくれました。
その時には彼女も心の病を抱えていたのですが、でもまだそんなに苦しんでなかったような記憶があります。
私が実家に帰ってきて離婚が成立して、むすめの保育所が決まるまで、いろいろな話を聞いてもらいました。
本当に有難いなと思いました。
でもそのうち、私が立ち直っていくのに反比例するかのように、だんだんと彼女が落ち込んでいくのが分かりました。
彼女はその時もうご両親のことを相当憎んでしまっていたので、私が出戻りなのに実家に居させてもらっていたのが羨ましくもあり、妬ましくもあったのでしょう。
口を開けば愚痴ばかり、私のやることに対しても文句を付けたり「こうした方がいい、こうするべきだよ」と指図するようなことばかり言ってくるようになってしまいました。
私も当時こうしてネット環境に無かったし、うつ病の彼女にどう対応すればいいのか分からなくなってしまったのです。
薬が処方されているにもかかわらず勝手に飲むのをやめてしまって不調ばかり訴えるし、「飲まなきゃダメなんじゃないの?」って言うと「私の気持ちを分かってくれてない!」って…
「家を出たい」と常に言う彼女に、内心「口ばかりで何も行動を起こさないで…仕事もしないで居させてもらえているんだから、彼女だって両親に愛されてないわけじゃないのに」と思っていました。
(そのようなことを伝えましたが、もちろん聞き入れてはもらえませんでした)
そのうち私がくまちゃんと出会った職場で働くようになり、それまでみたいにマメにメ−ルの返事も返せなくなりました(くまちゃんと話すようになる前のことですが)
そしたら彼女が怒って「何ですぐ返事くれないの?!」って…
そのうち、勤務中に何度も電話がかかってくるようになってしまい(もちろんバイブにしていたし、出れませんでした)ある日気になるので、外に出た時に折り返しました。
そしたら文句のオンパレ−ド!
「ごめん、仕事中だからまたかけるよ」って言って切ったような記憶があるのですが、彼女からすぐ折り返しかかってきたし、出ないでいると文句ばかりのメ−ルが入ってきたのです。
プツン、と自分の中で何かが切れました。
思わず、その場ですぐ着信拒否設定をしてしまいました。
当時既に実家を出ていたので、母にも「新しい住所を教えたりしないで」とも頼みました。
その前から彼女の事では悩んでいたのですが、楽しい思い出も多いし助けてくれた友達だから…と思って、つきあいをやめることが出来ないでいました。
うつ病が進行していくうちに元の彼女とは違ってきてしまっている、って分かってはいたけれど、何かできることはないかな…話を聞いてあげることならできるかな…ってずっと考えていたのです。
でも結論から言うと、私にしてあげられることは何もありませんでした。
もちろん彼女とご両親との問題が解決しない限りどうにもならないことだと今でも思いますが、私は結局逃げたんだから卑怯者だと思うときもあります。
せっかく立ち直れてきて新しい職場も決まったのに、また底なし沼に足を引っ張られるような、そんな感覚を覚えてしまったのです。
だから、初めて自分から付き合いを断ってしまいました。
親友と呼べるほどの友達だったのに。。。
今うつ病のことがこれだけ周知されてきて、やっぱり当時の自分の対応もやむを得なかったのかな、って思う気持ちもあります。
何回か、「年賀状出してみようかな」とか「手紙を書いてみようかな」と思うことがあったのですが、結局怖くて出せませんでした。
(最初、タイトルは「出せない手紙」でした)
彼女が果たして元気でこの世に居てくれているのか、それを確かめるのが怖いのかもしれません。
結局意気地なしなんです。
でも彼女との思い出は、いつも空と繋がっているんです。。。
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さとみんみんさんらしい、優しい詩ですね。友達に対する優しさや、寂しさや友情や愛情が沢山詰まっていて、想いのいっぱい詰まった詩になりましたね。
まるでいろんな味のキャンディが詰まったBoxのようです。
なかには苦手な味や大好きな味のキャンディがあるように、様々な味わいあるキャンディBoxですね。
ふたりの友達にとっても
さとみんみんさんは大切な友達ですよ。
いつまでもね。