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2007.02/28 [Wed]
私の父
もうお気づきの方も多いかと思いますが、実家の父は結構面白いです
若い頃は友達から「お父さんカッコイイね〜」ってよく言われたのになぁ…
今となっては、遠い過去って感じです
maryちゃんもファンだと言うので(笑)父の事を…と思ったら、まず思い出したのは実家に帰ってきて次の日むすめに言ったこと。
「俺のことはたけちゃんと呼べ
」
はぁ〜
その場にいた母と私は固まりました。
だって、たけちゃんって…
オイオイ
(父の名はジャイアンと一緒なのです(笑))
両親と同居することになって、じじばばの事を何と呼ぶか?という話をしていた時でした。
今にして思うと、これから父親と離れて暮らすむすめにとって、祖父であるのと同時に父としての目線も持って見守っていきたい、というじじ心の現われなのかと思いますが
(何分、素直な人じゃないので…)
それに、まだ自分は若いと思って居たかったのでしょう
(爆)
ちなみに母の事は「ばばちゃん」と呼んでいます。
やっぱり、おばあちゃんって呼ばれると急に老け込んじゃいそうでイヤだなぁ
という事でした。
まだ50代半ばだった両親にとっては、確かに「おじいちゃんおばあちゃん」はちょっと可哀想だったのでちょうどよかったのかもしれません。
ちなみに「おじいちゃんおばあちゃん」と言うのは、向こうの両親に対して使っていました。
(うちの両親より10歳近く年上でしたしね)
さて、昔話と上手くつながりそうなので続きを…
だいぶ途切れてしまっているのでどこまで書いたかな?と思ってみてみたら、地元の駅に降りたったところまででした。
地元の駅から家までは遠いので、母が車で迎えに来てくれていました。
むすめはずっとニコニコしていて、父も母も普通にニコニコしていました。
もう夜だったので、普通に晩御飯を食べて、普通に寝ました。
「これで蹴られる事もない、安心して寝られる…」と思いました。
でもあくまで普通に「遊びに行ってくる」と言って出てきたので、いつ「もう戻る気はない」と言おうか…と考えると、気が重かったです。
母が「帰る予定の前の日に言えばいいじゃない」と言うので、そうしました。
実家に来て5日目位だったかな?
電話で「もう帰るつもりはないから」と言いました。
そしたら初めは信じられなかったみたいでしたが、「どうせ初めからそのつもりだったんだろう
」と怒鳴り出しました。
もう一度二人で会って話をしようと半泣きで言われましたが、もう二度と二人きりで会うつもりはない事を告げ、双方の親を交えて離婚の話し合いをしたいから、そっちはそっちで親と相談してもらうように話しました。
その後、しばらく平日はむすめと二人で実家に居ましたが、いつ来るか…その恐怖が常にあって外にもあまり出られずにいました。
でも結局、一度も来る事はありませんでしたけどね。
元旦那は、私の父が怖かったのです。
(ちなみに顔は…くまちゃんが写真見て「ヤクザもんじゃん!」と言いました
(アナタモネ)
空港で真っ赤なシャツを着てると、一年中日焼けしてるしとてもカタギの人には見えません。
しかも長年営業をしているので声がデカく、礼儀にはうるさいです)
出てきたのが3月20日過ぎくらいで(もうすぐ丸3年になります)双方の両親と顔を合わせて一回目の話し合いをしたのが、4月上旬位だった様な気がします。
近所のファミレスで早い時間から話をしました。
本当はどっちとも無関係な第三者を仲介に立てたかったのですが居なくて、母のお姉さんの旦那さんに間に入ってもらい、話をしました。
むすめは、妹に見てもらってお留守番でした。
元旦那は「むすめに会わせてくれ」と言いましたが、ちゃんと離婚を成立させるまで会わせるわけにはいかない、と告げました。
一回目の話し合いは内容をあまり覚えていないのですが、そんな感じで双方の意思確認というような感じで終わった覚えがあります。
では、続きはまた次回…

若い頃は友達から「お父さんカッコイイね〜」ってよく言われたのになぁ…
今となっては、遠い過去って感じです

maryちゃんもファンだと言うので(笑)父の事を…と思ったら、まず思い出したのは実家に帰ってきて次の日むすめに言ったこと。
「俺のことはたけちゃんと呼べ
」はぁ〜

その場にいた母と私は固まりました。
だって、たけちゃんって…
オイオイ(父の名はジャイアンと一緒なのです(笑))
両親と同居することになって、じじばばの事を何と呼ぶか?という話をしていた時でした。
今にして思うと、これから父親と離れて暮らすむすめにとって、祖父であるのと同時に父としての目線も持って見守っていきたい、というじじ心の現われなのかと思いますが

(何分、素直な人じゃないので…)
それに、まだ自分は若いと思って居たかったのでしょう
(爆)ちなみに母の事は「ばばちゃん」と呼んでいます。
やっぱり、おばあちゃんって呼ばれると急に老け込んじゃいそうでイヤだなぁ
という事でした。まだ50代半ばだった両親にとっては、確かに「おじいちゃんおばあちゃん」はちょっと可哀想だったのでちょうどよかったのかもしれません。
ちなみに「おじいちゃんおばあちゃん」と言うのは、向こうの両親に対して使っていました。
(うちの両親より10歳近く年上でしたしね)
さて、昔話と上手くつながりそうなので続きを…
だいぶ途切れてしまっているのでどこまで書いたかな?と思ってみてみたら、地元の駅に降りたったところまででした。
地元の駅から家までは遠いので、母が車で迎えに来てくれていました。
むすめはずっとニコニコしていて、父も母も普通にニコニコしていました。
もう夜だったので、普通に晩御飯を食べて、普通に寝ました。
「これで蹴られる事もない、安心して寝られる…」と思いました。
でもあくまで普通に「遊びに行ってくる」と言って出てきたので、いつ「もう戻る気はない」と言おうか…と考えると、気が重かったです。
母が「帰る予定の前の日に言えばいいじゃない」と言うので、そうしました。
実家に来て5日目位だったかな?
電話で「もう帰るつもりはないから」と言いました。
そしたら初めは信じられなかったみたいでしたが、「どうせ初めからそのつもりだったんだろう
」と怒鳴り出しました。もう一度二人で会って話をしようと半泣きで言われましたが、もう二度と二人きりで会うつもりはない事を告げ、双方の親を交えて離婚の話し合いをしたいから、そっちはそっちで親と相談してもらうように話しました。
その後、しばらく平日はむすめと二人で実家に居ましたが、いつ来るか…その恐怖が常にあって外にもあまり出られずにいました。
でも結局、一度も来る事はありませんでしたけどね。
元旦那は、私の父が怖かったのです。
(ちなみに顔は…くまちゃんが写真見て「ヤクザもんじゃん!」と言いました
(アナタモネ)空港で真っ赤なシャツを着てると、一年中日焼けしてるしとてもカタギの人には見えません。
しかも長年営業をしているので声がデカく、礼儀にはうるさいです)
出てきたのが3月20日過ぎくらいで(もうすぐ丸3年になります)双方の両親と顔を合わせて一回目の話し合いをしたのが、4月上旬位だった様な気がします。
近所のファミレスで早い時間から話をしました。
本当はどっちとも無関係な第三者を仲介に立てたかったのですが居なくて、母のお姉さんの旦那さんに間に入ってもらい、話をしました。
むすめは、妹に見てもらってお留守番でした。
元旦那は「むすめに会わせてくれ」と言いましたが、ちゃんと離婚を成立させるまで会わせるわけにはいかない、と告げました。
一回目の話し合いは内容をあまり覚えていないのですが、そんな感じで双方の意思確認というような感じで終わった覚えがあります。
では、続きはまた次回…
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(爆)




)


こんにちは
タケちゃんですか〜笑
タイトルと名前を変えました、私事でスミマセン。
よろしくお願いします。